カテゴリー「『潰し屋』」の記事

潰し屋 第5話 『ブドウハズレ』

 山田の表情は険しく威圧的で、僕を睨みつけているような鋭い目つきだった。遠足の前、バスに乗り込む直前に念のためにトイレに行っておく…そんな程度のかすかな尿意は、一瞬にして飛んでしまった。僕は、小便器の前でどのくらい自分が固まったままでいたのかも分からない状態で、股間にやった手で肩に置かれた山田の手をようやく振り払った。

 この男は一体、何が目的で僕に近づいてきているのだろう。昨日初めて会ったばかりだが、ひょっとしたら、かなり前から監視に近い状態で見られていたのではないだろうか。それにしても、昨日の今日でこの態度は許せない。昨日がやたら下手に出ていたものだから、今日の豹変ぶりには驚いてしまったが、こんな失礼な人間も久しぶりだ。
「一体何なんですか?人がおとなしく聞いてると思って、失礼にも程がある」
僕の声はかすかに震えていたかも知れない。自分で自分の声を聞いて、情けない気持ちにもなったが、それほど威圧感があった。しかし、黙っていることも出来なかった。よく吠える犬ほど弱い、などと言うが、それに近いものがあった。黙っていては押しつぶされそうな気持ちになる。
「あなたに、忠告しているんです。分かりませんか?昨日の話で気付いていただけたものだと思っていました。もう少し、あなたは懸命な方だと思っていた。残念でなりません。」
山田はそう言って、ようやく僕から視線をずらした。ため息をひとつ、大きくついて、続けた。
「これは、確かな情報です。あなたにはあえてお話しますが、今日は、この店には何もありません。あなたと、あなた以外の誰かが仮に勝てたとしても、それは単純に運が良かっただけの事です。…青ドンのシマにいた彼、彼だけは自力でリスクを最小限に抑えることができましたが、それもリスクを回避しただけです。青ドンのシマには上2つがそもそも存在しません。他のシマにも。簡単に言えば、今日は完全なガセです。ちなみに、夕方発表されるシークレット機種の対象は、今日はラブリージャグラーです。ここには、若干ですが設定が入ってます。」
僕がしかめっ面になったのを確認して、更に山田は続ける。
「あなたは勝てない。それは昨日お話した通りです。この世の中には、人が逆らえない流れのようなものが確実に存在して、あなたは今、この流れに完全に押し流されている。時に信じられないように物事が上手く運ぶときがあるでしょう…あれも、そうです。現に、あなたは今日、そういった逆らえない流れのようなものを既に感じていらっしゃるのではないですか…例えば、狙い台を逃したとか、ジンクス的なものとか」
僕はハッした。と同時に寒気のようなものも感じた。朝、腕時計を忘れて…狙い台を逃した。それをまるで知っているかのような発言。この男、どこまで僕を監視しているのか…
「…どうやら、当たっていたようですね。しかし、仮にそういったものが無くても、今のあなたには無理なんです。私には分かる。今のあなたには、そういった勝ちを呼び込む、もしくは勝ち運に乗れる流れにないのですから。」
宗教的な詐欺にあう人は、こういった弱み、弱さを指摘される所から始まるのだろうか。僕は山田と名乗る男に対して、一種恐怖のようなもの、怒りのようなものを感じつつ、いちいち言い当てられることに、感心し始めていた。この男、相当怪しい。しかし、言っていることに今のところ間違いは無い。
「まだ、あなたは私を信じられないでいる。もっとも、それで普通です。昨日一日、私が一方的に失礼な言葉をかけて、更に信じがたい話を持ち出したのですから。ただ、私があなたを見所があると言っているのは、普通の人なら私に殴りかかるか、無視するか、汚い言葉を浴びせてその場を立ち去るか…そういった行動に出るのですが、それがないところだ。それでいて、警戒心を消さないように努めている。話を詳しく聞いてみたいと思っているのに、詐欺のようなものを警戒して、私に心を許さないように自分に言い聞かせている。違いますか?」
信じるも何も、あの場の状況で仕方なく話を聞いただけだ。こんな話、ばかげている。からかい半分だとしても、この話を誰かにしたとして、信じる人間などいない。それどころか、詐欺にあうぞと注意されるのがオチだ。
「…ただ、その警戒心を解く努力が私には足りなかったかも知れません。そこはお詫びします。どうも、最近私はそういった努力に欠けている。いけませんね。分かっているのですが、面倒になってきているのかも知れません。その目で確かめればすぐに分かる話なのに、言葉を沢山並べることなど何の意味もありませんから。それより…」
山田はもう一度ため息をついて、そして背中をかがめて僕を覗き込むように見て、言った。
「それより、どうしたら信じてもらえるのか考えたんですが……どうでしょう、さっきお話したラブリージャグラーを打ちませんか?」
僕は色々聞きたいことが山のように頭の中で浮かんだが、そういった事をひとつずつ聞くのが面倒になった。とにかく、このトイレという閉鎖的な空間を離れて、深呼吸をしたい。空間がそうさせているのか、彼の威圧感がそうさせているのか…とにかく、圧迫感で押しつぶされそうだ。開放されたい。そういう弱さに似た気持ちが勝ってしまった。
「…それを打てば、何か分かるんですか?」
僕はそう小声で、つぶやいた。とにかく今は山田のいう事に従って、この場を脱出したほうか得策のような気がした。何か物理的、暴力的な方法で面倒を起こすことだけは避けたかった。ただでさえ通えるホールが少ない状態で、地元のホールに通いにくくなるのだけは避けたかった。
「とにかく、ラブリージャグラーのシマへ行きましょう。」
そう山田が言った瞬間、トイレのドアが開いて、店内の大きな音がトイレ内に響き渡った。
ジャージ集団のひとりが、トイレに入ってきて、僕等をチラッと横目で見ながら個室のほうへ入っていった。
「遊戯台のお呼び出しを申し上げます。スロットコーナー、青ドン535番の台で…」
店内のアナウンスが耳に入ってきたが、自動ドアが閉まって、それは途中で聞こえなくなったが、僕の取り置いている台のことに違いなかった。
「さぁ、行きましょうか」
そう言って、山田は僕を見た。その表情は、先ほどの鋭い視線とは違って、昨日見た柔和な表情に戻っていた。

 青ドンの席に戻ると、店員がリモコンでデータカウンターを操作していた。表示は「5分」と
なっていて、戻ってこなかった場合の開放までの時間を示していた。僕は店員に小さく礼をして、下皿においてあった煙草を取った。山田は、その様子を青ドンの一番端のほうから見ていた。
「この台です。この台なら、ある程度勝負になるでしょう。ただし、ジャグラーですから多少の下ぶれ…ハマリ…そういったものは覚悟してください。それに、何より設定看破に時間がかかる上、ある程度の上下までしか判断はつきませんから。そこはお許しください」
山田がラブリージャグラーの台の前で、僕に対してそう言いながら、隠すようにして手元に何かをぶつけてきた。僕が触れた手を見ると、そこには一万円札が折りたたまれて握られていた。
「とりあえず、最初のボーナスまではこれで打って下さい。これで十分足りるでしょう。…ただし、あなたは今、勝てない流れの中、それもど真ん中にいる。ひょっとしたら、300ゲーム程度ではボーナスが引けないかも知れない。そのときは、一旦これでやめて下さい。そして、次のお話をします。」
僕は、視線の先にある一万円札に手を伸ばしかけたが、それを止めた。得体の知れない人間から金を受け取ることほど、怖いものはない。
「いいですよ、自分の金で打ちますから。それより、僕が打っている間、あなたはどうしてるんですか?」
「あそこの、休憩スペースにいます。隣で一緒に打ちたいのですが…残念ながら、設定4程度ではどうにも確実性に欠けますから。それに、あそこなら様子も伺えます。」
そういって、観葉植物とソファーと攻略誌、灰皿が並んだ休憩スペースを指差した。
「とにかく、あなたが試し打ちをした分は後ほど精算いたします。それくらいの金は、我々のビジネスにとっては大したものではないのです。それよりも、とにかくあなたにこの台を打ってもらいたい。そうしないと、次の話に進めませんから。」

僕は、まず煙草に火をつけてコインサンドに千円札を入れた。カタカタカタ…とコインが落ちてくる。この店は2台間隔でコインサンドが並んでいる。最近の店では古くなってきたタイプ。受け皿に落ちたコインを手で掴みとり、自分の台の下皿に投げ入れる。コインを投入して、煙草の煙を大きく吐き出した。面倒なことになった。面倒なことになったが、もし、彼の言うとおり、この台がイベント台ならば……甘い妄想をした自分に気付いて少し嫌気がさし、そういった考えを振り払うかのように強めにレバーを叩くようにして打ち始めた。

 言わずと知れた、パチスロの王道ジャグラーシリーズ。リール左下にあるGOGO!ランプが点灯すればボーナス確定というシンプルさで初心者にも門戸を広げ、告知タイミングの豊富さや当たりやすさ、更にはどんな時間でも勝負でき、かつ出玉でもある程度の期待ができる。これにより、年齢を問わず絶大な支持を得ている。更に5号機ジャグラーの中でも、ラブリージャグラーはその秀逸なリール制御が認知されてからは、設置台数を伸ばしてきた。僕は中押しで、アバウトにバー狙い…と決めている。中、右と止めれば成立役がすぐ分かる。中を止めてバーが下段に止まる。ポンポン、と流れるようなリズムで右も止める。下段にブドウが止まれば、これでブドウのテンパイ形ができる。この形からブドウ外れでGOGO!ランプが点灯するのがラブリージャグラーでの僕の楽しみだ。中リール中段に、バーが存在感をありありと出しながら停止する、「チェリーorボーナス」の形も興奮するが、やはりジャグラーは第三ボタンを止めた瞬間の突然の驚きに、楽しみが集約されている。特にラブリージャグラーにおいては、先告知は全くいらないとさえ思う。先告知があると、せっかくのボーナス成立時に拝める数々のリーチ目が奪われる。告知系機種においては先告知を何よりも好んでいた僕が、最近ではこのラブリーで後告知にハマってしまった。中、右…右で少し溜めて左。このリズムを崩さぬように淡々と打ち続ける。アバウトにバーを狙うのは、単に正確さよりも時間効率を考えてのこと。仮にフリーで中、右と止めても同様に楽しめるが、リズムを作るためには、ある程度の目標があったほうがいい。単調になったとき、ハマった時にリズムを変えるためにも、そうしている。

 

Photo  

 そうこうしている間に、200ゲームがあっと言う間に過ぎた。早いゲームでのボーナスを期待していただけにガッカリしたが、逆に山田の言うことの信憑性が薄れるキッカケになりそうな予感もして、それは逆に嬉しいことのような気もした。

 中、右…少し溜めて左。中、右…少し溜めて左。中、右…少し溜めて左…!!出た、ブドウハズレ。ゆっくりと、ボタンを留めていた人差し指を離す。刹那、ペカっと神々しい光が目に入る。ようやく訪れた、最初のボーナス。ゲーム数は240を超えていた。チラッと休憩コーナーを横目に見ると、山田が微笑みながら、拍手をするしぐさをしてこちらを見ていた。

(第6話に続く…)

★最後までお読み頂き本当にありがとうございました!カテゴリー欄『潰し屋』で過去作をどうぞ★
★どうにも体調が悪く、更に面接等でガッカリなこともあり…更新が遅れました。★
★ご意見、ご感想あればお気軽にコメントください。応援クリックしてもらうと励みになります!★

にほんブログ村 スロットブログへBanner2

| | コメント (0) | トラックバック (1)

『潰し屋』 第4話 ~開店、そして~

 「おはようございます!」「走らないようにお願いします!」午前10時。入口に並んだ店員から元気のいい挨拶と、店内を走らないようにという注意が交互に飛び交う。スロットへ向かうのは先頭の5人集団、その後ろの白シャツジーンズのプロ、そして数人の見慣れない顔に続いて僕。全員が、店員の前を通りすぎた後は小走りになりお目当ての台へなだれ込む。僕は狙い台とも言い切れないが、傾向から予想した「カド3」の台を押さえにかかる。「エヴァ、エヴァ…」僕は呪文のようにエヴァと呟きながら、エヴァンゲリオンのシマへ向かった。エヴァのシマには5人集団が全員集合していた。一番先頭に並んでいた赤いジャージの男が指示を出す。
「いつも通りカド避けて、1台ずつ間空けて座れ」
そう言うと、その赤ジャージが入口に近い方のカドから2番目の台へ座り、1台ずつ間隔を開けて座りだした。エヴァは計10台。彼らはまばらに座ることで、エヴァすべての台を監視しつつプレイができる体制をあっという間に作り上げた。

 僕はその様子を見ながら目当てのカド3に座ることを躊躇した。赤ジャージの隣だからだ。こいつは、この乗り打ち集団の中でも相当タチが悪い。足を広げて座るマナーの悪さ、レバー強打、台を叩く、他の人間などお構いなく仲間へ大声で話しかける…など。こいつの隣で1日プレイすることになったら、相当な苦痛を伴うだろう。そういう感覚を他の客に持たせることも彼らの作戦かも知れないが、だからと言って、それに屈しないでプレイするには、何らかの「保障」がいる。確実に高設定…それも5~6か、天井間近などの何らかの旨みがある状態でないと、到底ガマンできそうにない。結局、僕は絶好のチャンスだったエヴァのカド3を捨てて、青ドンへ向かった。青ドンのシマはエヴァの裏側にある。ここには白シャツジーンズのプロがいた。青ドンは計5台。同じ並びで、景品カウンターに近い奥側の方には南国娘。青ドンの背向かいにスパイダーマンが5台、同じ並びで仮面ライダーが5台。白シャツジーンズは青ドンのカド台に座り、ボロボロのノートを取り出してペラペラとめくり、何かを確認する。そして、データ表示器で昨日、一昨日の稼動データを簡単に見てから貯玉カードを挿入し、コインを借りた。そしてコインと煙草を下皿に置き、席を立った。おそらく、いつものように他のシマの見回りであろう。僕は、その様子を確認してから、青ドンの入口側から3台目…青ドンの丁度真ん中の台のデータ表示器で稼動状況を確認した。昨日、一昨日…と順にさかのぼり、5日前までのデータを見た。あくまで稼動ゲーム数とボーナス回数のみの判断だが、4日前に【稼動5800G BIG20回・REG11回】と合算値からいって設定Hとも見れるデータが残っている。その他の日は稼動が2000~3000Gで判断がつかない。しかし、少なくとも直近3日間は派手なデータも無い。そして、何より前日の最終ボーナスがREG。REG後何ゲーム回したかは分からないが、総回転数と、ボーナス履歴を確認して計算すると…恐らく100G程度は回している。天井を視野に入れるにはちょっと遠いが、最悪天井まで我慢…という目安もできる。決まった。僕はこの台に煙草を投げ入れ、1万円札を両替するために景品カウンター横の両替機へ向かった。チラ、と横目で見ると、エヴァのシマでは赤ジャージが足を投げ出して乱暴にレバーを叩いていた。

 財布には3万5千円。千円札が5枚あるが、僕は朝イチは必ず万札を崩して打つようにしている。自分の投資額を分かりやすくするためだ。この店の貯玉カードは持っているが、それは端玉を貯めているだけだ。前に1度だけ、ポイントを景品に換えたことがある。そのときは中途半端なポイント数で、中途半端な小型空気清浄機と交換してしまった。写真で見る限り、なかなか立派に見えたが…ただ、活性炭のついたフィルターで空気を吸い込んでは吐き出すだけの機械。音も静かとは言えず、使い出して3日でお蔵入りした。それでも、この手のカードは活用すればそれなりに使いでがあるだろうし、5.5枚交換とはいえ交換ギャップが発生する状況で長く打つには、やは貯玉でのプレイが理にかなっているのだろうが…僕はその日その日でホールを変えるので、大きな単位での貯玉はしない。

 とりあえず、一万円札を2枚崩す。これだけあれば、青ドンなら十分だ。仮に天井まで一直線の状況ならば、もう一度両替もあり得るだろうが、その頃には天井を抜けた後を考えて、再度各シマを見回りしなければならないだろう。僕は両替を済まし、景品カウンター奥のトイレに入った。落ち着いてプレイしたかったので、先に用を足しておこうと考えたのだ。トイレに入って、小便器の前でズボンのチャックを下ろそうとした瞬間、ポンポン…と2回ゆっくりと肩を叩かれた。振り返ると、昨日の男…そう、山田太郎がいた。
「どうして、こんな生活を続けているんですか」
そう言うと、山田は昨日のやわらかい表情とは異なった、非常に厳しい表情で僕を睨みつけた。僕は、一瞬身の危険を感じてしまうほどの彼の態度のせいで、チャックを下ろそうとした手を股間から離せないまま、小便器の前でこわばって固まってしまった。

(第5話に続く…)

★最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。1~3話は、左のカテゴリ欄『潰し屋』からどうぞ★
★今回も、あまり話が進みませんでした…。面接などが立て込んで、イマイチ書けず…です。★
★ご意見、ご感想あればコメントください。応援クリックしてもらうと励みになります!週1~2回更新が目標です★

にほんブログ村 スロットブログへBanner2

| | コメント (2) | トラックバック (0)

『潰し屋』 第3話 ~ジンクス~

 僕は名刺を財布から取り出して、もう一度じっくり眺めた。そして、裏側に書かれた電話番号。090で始まる携帯電話番号だ。それにしても、昨日のあの話は一体何だったんだろう。『潰し屋』などという怪しい稼業なんて、到底信じがたい。しかし、もしこれが悪徳商法のようなものであれば、あの場で早々に話をまとめているだろうに。いや、一旦身を引いて、安心させる手なのかも知れない。とはいえ、今の僕には高額な絵や壺を買う金なんて無い。僕から金を巻き上げる気なら、それは見当違いもいいところだ。

 大体、昨日喫茶店までついていってしまったのも、止むを得ずだ。パチンコ屋の真ん前で頭を下げられたんじゃ、目立ってしょうがない。向こうのペースに逆らえなかったのは、僕が気弱だという事以上に、状況的なものが大きい。それに、あんな話を真に受けるヤツなんているのか?いや、でも電話すれば見せるとハッキリ言ったしな…冷やかしついでに、電話してみるのも面白いかも知れない。いや、電話すること自体がもう引っかかったって事なんじゃないか…………。

 考えがまとまらず、堂々巡りしている間にも、列に加わる人数はじわりじわりと増えつつあった。目の前に20人程度。後ろに10人程度。今日は機種イベント。名前は「PRIDE.4」といい、週1回、週の半ばで開催される。そのまんまの格闘技イベントをモチーフにしたロゴのポスターが入り口に掲示されている。対象機種は4つ。今日はエヴァ、青ドン、スパイダーマン、南国娘。対象4機種のうち、2機種が高設定…というもの。
「勝ち上がるのは、どの機種か…壮絶バトルが展開される!」
といった煽りがあるものの、MAX設定だとか、1/2で456…といった具体的なものではない。今までの傾向からすれば、当たりの方の機種に設定5~6が1台、あとは中間設定が半分で、残りは1。外れには見せ台に中間設定が入って、後は1。そうそう、簡単に掴めるはずはない。このラインナップだと、南国娘あたりは確定か。後は青ドンか、エヴァのどちらか。設定看破のしやすさで行けはエヴァだが…小役に踊らされる毎度の展開だけは避けたい。本来なら、こういうあやふやなイベントの場合、機種構成から言って青ドンの宵越し天井狙いに一番触手が伸びるのだが…家事が足を引っ張っているための下見不足は、収支に致命的な影響を及ぼしはじめている。更に、昨日は喫茶店で過ごした時間のせいで、夕方以降の状況すら掴んでいない。この店の詳細なデータ表示機やデータロボのおかげで、何とかしのいでいるものの、朝はさすがに選別している時間はない。

 イベント対象機種以外にシークレットとして1機種、高設定の機種があり、これは夜8時に発表される。しかしその頃には、もう雌雄は決している。これは夕方からの客を見込んだものだから、はじめから当てにするわけにはいかない。とりあえず、稼動が最優先であることには違いなく、僕は名刺を財布に戻して、こっそりと札を数えた。財布には1000円札が5枚と、1万円札が3枚。エヴァ、青ドン、南国娘…この3機種で、朝から3万抜かれたら逆転は厳しい。かえって目安になると自分に言い聞かせ、ATMへ走るのをやめた。

 それにしても、今日も相変わらずの面子が揃っている。列の1番先頭から5人目までは、学生と思わしき連れ打ち集団。そろいも揃ってジャージにサンダル。髪はきちんとセットしているか、もしくは帽子。寝坊したメンバーがいても、他のメンバーが雑誌などで「席取り」をしているので、最前列に割り込む。そして決まって座り込み、ファーストフードやコンビニで買い込んだ食べ物の包み紙を撒き散らす。待ち時間は携帯電話をいじりながらの談笑。続いて、こちらはこの店唯一と言っていい「本物」らしきプロ。ボロボロになったメモ帳に詳細なデータを書き込みながらの稼動。小役カウンターも欠かさない。朝は、狙い台へ駆け込み、その後必ず店内を2~3周。他の客が席に落ち着くまで打たない。彼があまり投資している姿を見ないが、その代わりにドル箱を積み上げている姿もあまり見ない。それでもずっと姿を見るということは、ある程度の収支が上がっていると見るべきだろう。店との共存…という意味では一番理想的な形かも知れない。服装も、高価ではないが、落ち着いた清潔な服装で指輪やアクセサリーなどの装飾品の類は一切身につけず、黒か白のシャツに綿パンかジーンズといった格好。このあたりは、好みの問題かも知れないが、僕には、彼があえて意識的に目立たないようにしているように見える。

 その後ろには常連の親子。折りたたみ椅子を必ず持参し、二人で並ぶ。母親は60歳を過ぎたあたりか…短めの髪は派手な金髪でパーマ。土地柄を象徴するかのようなアニマルプリントの服を好んで着ている。娘は40手前で、こちらも同じく金髪にパーマ。髪は長い。二人とも、運動不足か遺伝か…かなり太めだ。この後ろに、この親子と知り合いらしき常連が何人か並ぶ。この親子と常連はパチンコへ流れる。殆どが年金生活者だろうが…彼らが朝並ぶのは、殆ど儀式みたいなものだ。特別に決まった台へ流れるわけでもなく、かといってイベント台へ行くわけでもない。カド台、前日の不調台へ流れる傾向は若干あるものの、単に朝顔を合わせて、昨日の稼動について話すのが日課になっているだけ。だから、並び順でトラブルを起こす事もないし、先頭の連れ打ち集団の誰かが遅れてきて割り込んでも、怒るどころか「今日は寝坊したの?」などと談笑し始める始末だ。

 そんな感じの、いつもの風景…開店時間が迫ってきて、店員がほうきとちりとりを持って、列の周りを掃除する。ジグザグに並び、歩道へ膨らんだ列を店側へ寄せて整理し…開店時は駆け込まず、係の指示に従ってくださいと注意喚起する。これも、いつもの風景だ。注意される内容は誰も聞いていないが、決まって開店5分前に行われるので、皆が時報代わりにしている。役に立ちそうもない事でも、世の中では何らかの意味を持っているものだと、こんなことで気づく。

 ここで、僕はふと嫌な予感がした。その店員の声を聞いて、時間を確認すべく自分の腕を見た。そこで腕時計を忘れたことに気づいたのだ。最近携帯電話のせいで、腕時計を忘れることが多くなった。時間を携帯電話で確認することが多くなったからだ。それでも、それは月に1回とか、そんな程度なのだが、腕時計を忘れた日は決まって負けることが多かった。それは、サラリーマン時代にもあって、商談がまとまらなかったり、会議で槍玉に上げられる日は決まって腕時計を忘れた日だった。個人的なジンクス。理由は分からない。

 ただでさえ、弱めのイベントでやる気が失せていたのに…。しかし、ここで列を離れてしまうのは目立ってしまうし、ジグザグに並んだ列を抜けるには、何人かの前を通らなくてはいけない。僕は、携帯電話のメモ欄を見て、この店の傾向を再確認した。メモには、店名の横に「カド3」とだけ記してある。改行して、イベント名ごとの信頼度。端から3番目の台に、高設定台が入りやすい。この半年の間のイベントで得たデータだ。設定師の癖なのか…決して毎回ではないが、確率的な問題。腕時計のジンクスも気になっていた。3機種のカド3が空いてなければ、無理して打たず、一旦自宅に帰ろう…そう思いながら、半ば諦めの境地で開店を迎えようとしていた。

(第4話に続く…)

★最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。1~2話は、左のカテゴリ欄『潰し屋』からどうぞ★
★今回は、あまり話が進みませんでした…。いや、もちろん意図的なものですが、もう少しサクサク進めんもんか…と悩んでおります。★
★ご意見、ご感想あればコメントください。応援クリックしてもらうと励みになります!週1~2回更新が目標です★

にほんブログ村 スロットブログへBanner2

| | コメント (8) | トラックバック (1)

『潰し屋』 第2話 ~クロージング~

 パチスロ稼業…スロプロ…世の中には、こういった世界に足を踏み入れ、そして敗れ去って行った人がどのくらいいるのだろう。僕は、おそらく動機としてはありふれている上に、技術も、行動力も、そして何より覚悟の面で、そういった世界のピラミッドの中で、最下層の部類に入っていただろう。

 それでも、有り余る時間と世の中の流れが僕を助けた。ちょうど、僕がパチスロ中心の生活になりつつある頃は、内規の変更により4号機が撤去されることが決まっていた。そして新台…つまり5号機は、今までのような立ち回りが利かなくなっていた。それでも未だ主流であった4号機に客が流れている事から、ホールはある程度の利益を確保できていたし、稼動の確保と宣伝を兼ねて、5号機には高設定が入っていた。そして、5号機への先入観から、客同士の競争が少なく、時間的余裕があった僕は、朝から高設定探しに専念し、比較的安定した稼動ができていた。

 しかし、良い期間はそれほど続かなかった。出玉の面でも4号機に劣らない性能を持つ機種がデビューし、実践値が次々に攻略誌上に報告されるようになると、4号機に固執していたプロが、いよいよ5号機攻略に乗り出してきた。ゲーム性も次々に改良され、大型タイアップ機種も出るようになると、一般ユーザーにも、波の大きい4号機よりかえって好んで打つ人が出始めた。

 そういった状況になると、僕は5号機での立ち回りに苦労するようになった。朝イチにツモれない状況が増えてくる。2台、3台、4台…狙い台をハシゴする。5号機とはいえ、初期投資が若干かさむようになった。しかし、そこはサラリーマン時代に一定以上の小遣いをもたらしてくれたゾーン狙いに徹することで何とか凌いだ。変革期にあったホールの機種構成が、かえって様々なシーンに対応しやすい状況を生み出してくれていたのだ。朝は5号機ハイスペック、午後からはゾーン狙いのハイエナ。ありあまる時間をデータ収集とハイエナのための「待機時間」に充て、平日の稼動のみ、それもアルバイトを除いた時間で、サラリーマン時代の月給と比べても遜色ない程度は稼ぐことができた。また、4~5号機の混成時代に導入された新台は、今のように設定推測が難しい機種は少なかった。打ち手に左右されず、設定通りの素直な出玉だった。

 この頃から、一人で飲み歩くような日が増えだした。金銭への欲求が薄れ、これからしばらく先の稼動や収支に対して過信があった。不思議と誰かと飲む気は起きず、1日の稼動を振り返りながら、落ち着いたバーや小料理屋を渡り歩いた。年齢的にも、こういった場所に気後れせずに入れる頃合になっていた。将来への若干の不安も、自身が勤めてきた会社での日々を振り返ると「辞めてよかった」という気持ちが勝った。あの頃は、ただひたすら働いた。働いて、働いて…自分に壁を作ることをしなかった。無茶苦茶な上司の要求も、全力でこなした。

 時々、ふと仕事への集中力が切れたとき…無理矢理時間を作ってパチンコホールへ駆け込んだ。大きな音の中、目の前の機械を相手に…無心で打った。そうすると、なぜか癒された。顧客や上司、案件の事ばかり考えていた日々で、ホールでの時間は、思いっきり自分の事に対してわがままに振舞えた。結局、残務処理の時間が後ろへずれるのは承知の上で、打ち続ける日々だった。そうすることで、精神的な疲弊を解消していたのかも知れない。今は、誰かと関わることを極力避けていた。誰かと関わり、理解しあうには大変な労力がいる。それに疲れていた。傷ついたり、闘うことを避けていた。それに、ホールでの日々が作用したのか、僕には人が皆、敵に見えるような気がしていた。一日人や機械と闘って、また人と話す気は起きなかった。あるとすれば、全く関係の無い人か、利害関係がはっきりしている人…つまりは店主と客、またはそれに近いような人とだけだった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 ある日、僕はかなり酔って帰ってきた。その日はアルバイト先で、給料日に行う飲み会に参加した。僕は最初から依頼されたアタックリストの作成量に応じてバイト代をもらっていたので、基本的に頼まれないと仕事がない。そういった関係で、その都度手渡しでアルバイト料を受け取っていたから、その定期開催の飲み会には参加したことが無かった。そこで、久々に出勤した僕に社長が声をかけてくれた。
「ちょうど今日給料日だから、皆で飲みにいくけど、お前も来るよな?」
僕は、久々に人と飲んで、いろんな話をして、相当な量の焼酎やウイスキーを飲んだ。気分が良かった。人と話すことで、世の中とのつながりを取り戻した気がした。近頃ホールでは、すべての人間がすべて敵に見えていた。しかし、ここでは小さな会社で繋がっているみんなが、力強い団結を持ったチームに見えた。みんなが優しく、僕もその一員になれた気がした。ささくれていた気持ちが、ほぐれていくのが分かった。結局、ひとりでいる時間が増えて、孤独感に負けていただけの自分に気づいた。

 上機嫌のまま帰宅し、すぐに服を脱ぎ散らかして、風呂に飛び込んだ。気持ちいい風呂だった。お湯が体に染み入るような気がした。が、そんな気持ちは妻の一言で一瞬にして吹き飛んだ。

 「ちょっと、これどういうこと?」

と妻が声を上擦らせて風呂のドアを開けた。手には、上着に突っ込んでいたはずの、クシャクシャになった給与明細があった。僕は酔いが回っていて、いまいち状況が飲み込めなかったが、給与明細を確認したのだろう、ということだけは解った。服を乱暴に脱いだことが、災いした。

 「………風呂から上がったら話すから、ちょっと待って」

 僕がそういうと、妻は強くドアを閉めた。僕はシャワーを熱めにして、湯船の中で頭から浴びた。何と言えばいいのか…いろいろ言い訳を考えたが、酔っていたこともあって、何も頭に浮かばなかった。仕方がないので、覚悟を決めて話すことにした。脱衣所で、雑念を振り払うように、タオルで頭をガシガシガシ、と力を入れて何度も拭いた。

 風呂から上がり、リビングに行くと妻が椅子に座って、テーブルに両肘をついていた。両肘の間に、給与明細が広げられていた。そして、ドアを開けた僕に対してとても不安気な目線をぶつけてきた。ふたりともしばらく黙って、僕はすぐに座らずに冷たいお茶をコップに入れて、テーブルに近づいた。すると、妻は給与明細に視線を落としながら言った。
「この、3万円って金額は何?確か、今月は10万くらい入るって言ってたよね?」
妻は金額が少ないことに単純に驚いているのだろうか?僕は、妻の心理状態を探りかねていたが、さっき決めたとおり、覚悟を決めてある程度話そうと思っていた。金銭的に苦しい状況ならばともかく、今は何とか勝っていて余裕があった。だから、それほど責められることも無いだろう…そう、安直に考えていた。

 僕は、今の状況を…アルバイトがある日と、無い日。それぞれどのように過ごしているか例を挙げながらすべて話した。今、仕事があまり無い状態であることと、パチスロで稼いだ金額も話した。一人で飲みに出ていることは、変な誤解を与えないようにあまり話さなかった。帰りが遅い日は、バイト先の知り合いと飲んでいる、とだけ言った。妻は、話が終わるまで、すべて黙って聞いていた。僕が話し終わって、しばらくの間黙っていた。なぜか、その時間がとても長く感じ、沈黙で二人の間に何か溝のようなものを感じた。

 「それで、いいと思ってるの?」
妻は少し涙目になって、僕を直視した。少し睨んでいるような、何かを訴えるような、そんな視線だった。
「このまま、ずっとは続けないし、こんな生活が続くわけないことは解ってるよ」
「だったら、いつまで?」
「次の仕事が見つかったら…かな」
「でも、探してないでしょ?」
「うん、積極的には探してないけど。今はアルバイトがあるし」
「アルバイト、してないじゃない」

 だったら…と僕は口を開きかけて、やめた。頭に血が上っていた。全く妻の言う事に対して答えてないし、何だか自分を否定されたような気がして、そんな自分が嫌になった。
「わかった。お金、今は大丈夫なんでしょ?」
妻は何かを諦めたのか、覚悟を決めたのか…納得はしていないものの、何だかさっぱりしたような表情をして話を続けた。
「だったら、これからはちゃんと話して。バイトの日はバイト。その、パチンコ?スロット?それに行く日は、行くって言って」
「わかったよ。今まで、悪かった。」
「……ただし、条件があるんだけど」
そう言って、妻はまた真剣な目になって、僕を見た。妻がクロージングに入ったことを察して、僕は観念した。交渉材料が、全く無かった。

 

 ……結局、このときに呑まされた条件、それが家事だ。それがあるおかげで、夜にメールをチェックする時間は無くなった。家事もサボらずにやれば、本当に時間がかかる。なるべく時間で区切って、できないことは無理してしないようにしているが、それでも30以上のホールから来るメールをチェックする時間は、夜にはない。

 この日の朝も無収穫で、僕はパソコンを閉じ、携帯に入るように設定してる本命ホールからのメールを再チェックし出した。今日は、本当に使えそうなイベントが無い。月初だからある程度は仕方がないとしても、最近のイベントは本当に信頼度が落ちた。この半年、僕の収支と共に、ホールにも危機が近づいている気がした。それは、後に確信へと変わるのだが…このときは、単純な立ち回りの問題だと、思い込んでいた。

 僕は急いで着替え、慌てて家を出た。イベントはどれも似たようなもので、それならば…と自宅から一番近い店を選んだ。徒歩で5~6分。今からこれ以上遠い店へ行って、入場抽選を受けるよりも、並び順通りに入場できるその店の方が確実だと考えた。店に近づいて、並び人数を見て、うんざりした。皆、同じような考えだったのか、どうせイベントに差が無いのなら、入場順が読めるであろうこの店に集まっていたのだ。僕は、とりあえず並んだものの、一気にやる気が失われていくのが解った。ふと冷静になって、そういえば昨日の負けで、軍資金が不足しているのでは…と思いだし、財布をチェックした。黒の長財布の中には、免許証やカード類に混じって、いつもは無い大きな違和感を発する、真っ白な名刺が顔を覗かせていた。

(第3話に続く…)

★続きを読みたい…と思われた方、ぜひ応援クリックお願いします~!励みになります!★

にほんブログ村 スロットブログへBanner2

| | コメント (4) | トラックバック (0)

『潰し屋』 第1話 ~山田太郎に出会う~

『潰し屋』

  

「どうして、こんな生活を続けているんですか?」
 初対面の相手から静かな口調でぶつけられた、とても不遠慮で面倒な質問。それに答えられず、僕が不快な顔をした事に、その男はむしろ喜んでいるようにこう続けた。
「そうでしょう、ご自分でもよくお分かりでないはずです。おそらく、あなたの頭の中に浮かんだ答えは、そのどれも正しいようで、正しくないからです。あなたは、明確な答えのないまま、こんな生活を続けていらっしゃる。」

 確かに男の言うとおりだった。金がほしいから。単純に好きだから。依存的に、足が向くから。そのどれもが当てはまるが、それだけじゃないような気がする。それらが複雑に絡み合って、別のかたちをしているのだが、それが何なのかは解らない。それに、もっと別な事のような気もする。

 その男には、僕がよく出入りするパチンコ屋の出入口で出会った。僕は携帯電話でメールを確認しながら、あまり前を注意せずに歩いていた。自動ドアが開いて、パチンコ屋から一歩外へ踏み出した瞬間、その男にぶつかった。負けたせいもあって、イライラしながら足早に歩いていた僕は、勢いあまってよろけてしまい、ドアにぶつかってしまった。男は、非常に背が高くて幅もあり、背筋の伸びた体にピッタリ合っている、生地の質がいい二つ釦のグレーのスーツを着ていた。白髪の混じり具合から、一見初老のようにも見えたが、その割にはしわが少なくて肌つやが良く、年齢がいまいちよく解らない感じだった。

 「申し訳ありません。私の不注意で…」
と男はすぐさま僕に手を差し出してきた。それからすぐに、名刺を差し出してきた。その動作が、あまりにもすばやく丁寧で、思わず僕も頭を下げながら
「すみません、今名刺を持ち合わせていないもので」
とペコペコして、名刺を受け取ってしまった。男は間髪をいれずに
「あの、ぶつかっておいて、いきなりこういう話をされると怪しい人間だとお思いでしょうが、実は、あなたにお話があって、今日はここへ来たのです。ちょうど、あなたが店を出られる時でよかった。入れ違いになるところでした。」
と言ってにっこりと微笑んできた。僕は、受け取った改めて名刺を見た。純白のシンプルなデザインで社名の記載は無く、名刺のサンプルのように、ただ「山田 太郎」と嘘みたいな単純な名前だけが書いてあった。僕は新手の宗教か何かかと思い、時間がありませんので…と名刺を返そうとしたが
「確かに、怪しい。怪しいが、私はあなたにお話があってきたんです。あなたの、パチスロのお話です。それをどうしても、聞いて欲しいのです」
といきなり最敬礼で頭を下げた。男が頭を下げたまま動かないでいると、周りからの視線を感じ始めた。僕はとても居心地が悪くなり、
「あの、とにかく、場所を変えましょう」
と思わず口走ってしまった。それを聞いて、男はゆっくりと頭を上げて
「ありがとうございます、あなたにとって、決して悪いお話ではありません。」
と言いながらとても穏やかな表情で微笑んだ。
「あの、喫茶店でいかがでしょう?もちろん、御代は私が持ちます。話も、すぐに終わります。」
そうやって、僕は気がついたら、その男と二人で喫茶店に入り、コーヒーを頼んでいた。

 ……男はとても穏やかな表情で、こう続ける。
「あなたも、こんな生活を続けていては駄目だという気持ちがおありでしょう。頭の片隅は、常にそういう考えがあって、それでもやめないでいる。何にせよ、そういった事は誰だってあります。それが、何なのか…人によって違います。パチスロだったり、手芸だったり、マラソンだったり、万引きたっだり。ただ、私にとって、そういった事は問題ではないのです。名前もそうです。あなたは、その名刺の名前を見て、嘘だろうと…冗談だろうと、お思いでしょう?実際のところ、それが嘘かどうか…そんな事はどうでもいいんです。たとえば、Aだっていい。あなたが、私という人間を認識するときに、ちょっとしたきっかけというか、認識しやすくするためにつけた記号みたいなものです。名前の無いものは、覚えにくいでしょう?とは言っても、この山田太郎というのが、私の本名に違いないんですけどね。」
そこまで言って、彼は一呼吸おいた。ちょうど横を通りかかったウエイトレスを呼びとめて、まだ半分も飲んでいないコーヒーをテーブルの端に寄せて、
「これを下げて、お代わりをいただけますか」
と言った。ウエイトレスは不思議そうな顔をして、
「何か問題がありましたか?」
と聞いたが、彼は首を振って
「残してすみません。冷めかかったコーヒーが嫌いなだけです。」
と苦笑いしながら答えた。
「あ、彼のおかわりもお願いしますね。」
と言ったので、僕は断ろうとしたが
「どうか遠慮なさらずに。お誘いしたのは私ですから。あなたが、ぬるいコーヒーがお好きだというのなら別ですが…。」
と、彼は大きく掌を広げて僕を見て、微笑んだ。コーヒーは、まだ、十分に温かかった。

 ウエイトレスが飲みかけのコーヒーを丸いトレイに乗せて、伝票を持ってテーブルを離れるまでの間、男は何かを考えるように、顎に手をあてて下を向いていた。ウエイトレスがテーブルを離れていったのを確認して、僕のほうを見ずにこういった。
「正確には、この店の、ぬるくなったコーヒーの強い酸味が駄目なんです。ここのコーヒーは、マスターの好みなのか、業者の問題なのか、ブレンドしているコーヒー豆の具合で、酸味が強めになっている。私はそれが好きでこの店に通っているのですが…冷めてくると、酸味がどうしても強く出過ぎてしまう。微妙なもので、物事というのは、丁度良い頃合を過ぎると、とたんに駄目に感じる。そういった事は、ここのコーヒーだけで無く、世の中に沢山あります。」
「この店に通っている、ということは…この近くに住んでるんですか?」
僕がそう聞くと、男は微笑みながら首を横に振った。
「いやいや、自宅は別の場所です。もっとも、自宅にはほとんど帰れません。私は、仕事で、この近辺に…。それで、あなたに出会ったのです。」
男はカウンターのほうを振り返って見て、まだウエイトレスが来ないことを確かめるとこう言った。
「そうです。あなたのような人を発掘するために、私は日々、動いてます。さっき、ちょうどよい頃合を過ぎると、とたんに駄目になると話しましたが……それは、あなたにも当てはまる。ご自分でも、うすうすお気づきじゃありませんか。」
僕が、まったく解らないといった表情をしたのを見て、男はうんうん、と頷いた。
「今日、私があなたにお願いしたいのは、あなたの、その『ヒキ』を、我々のためにお貸しいただけないか…という事なんです。」

 ヒキ?何を言ってるんだ?パチスロの事か?僕は頭が混乱しそうなのを何とかこらえていた。我々のため?いったい、何を言っているんだ…
「人によっては、運だとか、博才だとか言うこともあるでしょう。それに近い。私は、そういったものを、お借りすることで、商売をしています。具体的には、あなたに、私どもで指定するホールへ出向いていただき、パチスロやパチンコを打って欲しいのです。」
打ち子の勧誘なのか…と理解しようとした僕を、違うのです、と制して続けた。
「たとえば、設定状況の良い、特定の台を指定して……もしくは、遠隔装置などを使って、店が出玉感を演出するといった、馬鹿げたサクラのような話ではありません。完全に合法で、我々だけに許された商売です。それは、私のような人間だけでは成り立ちませんし、あなたのような人間だけでも成り立たない商売なのです。だから、こうやって、お声をおかけした。」
ますます怪しい話になってきた。単純な打ち子のバイトの方が、よっぽどまともに感じる。
それに、ヒキを貸せ…とは見込み違いもいいところだ。僕に、そんな商売になるほどのヒキがあるなら、別にひとりで立ち回ればいいだけの話だ。
「あの……さっき、ヒキを貸せと言いましたよね?それは、あなたの仕入れた情報で、私がその台を打って、出玉を山分けしようという話じゃないんですか?」
「いいえ、真逆です。あなたの、そのヒキで、特定の店の出玉を無くして欲しいのです。つまり……」
「待って下さい、特定の店の出玉をなくすって、そんな事しても、店が儲かるだけじゃないですか。何のメリットがあるんですか?」
男はこう言った。
「あなたの、そのヒキの弱さで、特定の店のイベントを潰して戴きます。そうする事によって、その店は信頼を失い、客数を減らします。もちろん、他にも我々の方で、いろいろな仕掛けをしますが…それらは、すべて合法的なやり方です。それで、一気に閉店まで追い込むことができれば大成功ですが、潰しにかかった店から、依頼を受けた店へと客が流れ始めたら、あなたの仕事はほぼ完了したと言えるでしょう。」

 「つまり、あなたには、『潰し屋』の最前線をお願いしたいのです。」

 新しいコーヒーが、湯気を立てて運ばれてきた。僕は、その意味不明な説明を理解できなかった。ヒキの弱さ?一体何を言い出すんだ?
「あの、ヒキの弱さなんて、そんな不確定な要素で、意味不明な商売が成り立つんですか?そもそも、僕がヒキが弱いなんて…」
イライラしてまくし立て始めた僕を、男は強い口調で制した。
「わかります。わかるんですよ、私には。だから、あなたをずっと見ていたんです。あなたが、潰し屋のレベルにある人間か否か。こう言っては失礼だが、あなたは、この仕事に関わる以外に、今の生活を続けることはできないんです。」
大きな声に驚いて、僕は黙ってしまった。男は続ける。
「あなたは、このままだと…おそらく、大きなものを失うまで…それが、家族か、財産か、名誉か、それとも命か…そういったものを失うまで、今の生活から抜け出せない。それは、明確な理由を見出せないまま、パチスロを打っているからです。理由を知るまで、続けてしまうんです。そして、残念だが、あなたは非常に『引けない人』だ。あなたの立ち回りは決して間違っていない。それでも勝てない。それは、自分でも感じていたはずです。だから、さっきお聞きした。どうして、こんな生活を続けているのかと。」

 そこまで話して、運ばれてきたコーヒーを一口すすった男は、穏やかな口調に戻った。
「今日は、ここまでにしましょう。嘘みたいな話ですが、これは実在するビジネスなんです。あなたにとっては、メリットの多い話だ。明日か明後日………もし、興味があれば、ここに電話して下さい。『潰し屋』の最前線を、お見せしましょう。あなたの、お仲間になる人達が頑張っていらっしゃる姿を。」
そう言いながら、テーブルの上に置いていた名刺を裏返し、男は胸の内ポケットから高そうな万年筆を取り出して、電話番号を書いた。
「とりあえず、現場をご覧いただけることを、期待しています…」
そういって、男は伝票を持って立ち上がり、深々と頭を下げて店を出た。
男の姿が見えなくなるのを確認してから、僕は煙草に火をつけた。深く、ゆっくりと吸い込んだ。詐欺だとか…そういった類のものを疑う反面、何か逆らえないような雰囲気を感じていた。新興宗教にはまる人の気持ちが想像できた。僕は、名刺を捨ててしまうか少し悩んで、財布の中にしまいこんで、店を出た。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 『潰し屋』なる完全に怪しい話を聞いた次の日も、いつもと同じように朝7時に目覚めた。携帯電話のアラームが鳴って、手探りで電話を探し、なるべく早く不快なアラーム音を消す。布団からなかなか抜け出せないでいると、携帯電話のアラームが再び鳴り出す。そんな事を繰り返して、目が覚めてから30分くらいかかり、ようやく起き出す。

 そんな感じで僕が起き出してくるころには、妻はすでに化粧を始めていて、「お願いだから、早く朝ご飯の支度して」と僕をせかす。食パンの消費期限が今日までで、水分が若干飛んでいたので、トーストはやめてフレンチトーストを作ることにした。

 ボールに卵1つと、大さじ2杯の砂糖、コップ半分の牛乳を入れて手早くかき混ぜる。食パンを4つに切って、ボールの中で卵液に浸し、バターを溶かしておいたフライパンで、両面をじっくり焼く。そうして焼きあがったフレンチトーストの半分にシナモンパウダーを軽く振りかける。同じ味だと飽きるからだ。

 卵はすでに使っていたので、卵の代わりに、何かで品数を増やそうと思って冷蔵庫を開けてみたが、サラダにするには少し古い野菜ばかりが並んでいる。仕方がないので、昨日食べ残していた冷蔵庫のリンゴを角切りにして、ヨーグルトと一緒に出して誤魔化しておいた。

「今日はちゃんと買い物に行ってきてよ」
「うん、わかった」

 昨日、あの男との話のせいで、買い物に行く時間が無くなってしまった。昨日の夜は、家にあるもので簡単に済ませた。それが、妻は少し不満だったようだ。僕は、昨日の夜、掃除をすることで、訳のわからない罪悪感から逃れようとしていた。目いっぱい磨いたシンクはピカピカで、おかげで疲れ果ててしまって、あんなことがあったのに、不思議なほど熟睡できた。

 気がついたら既に妻は仕事に出て行って、テーブルには、一口ずつ手をつけたフレンチトーストと、ヨーグルトが放置されている。僕は自分の分を新しく作る気にはならず、残されている食事を片付けるように流し込む。最後の一切れを口にくわえながら、ノートパソコンをテーブルまで持ってきて、パチンコ店から送られてくる大量のメールをチェックし始める。起きたときからつけっ放しのテレビでは、もう8時台のワイドショーが始まっている。

 大きなイベントが無いか、信頼度の高いイベントが無いか…。パソコンにメールが届くように設定しているホールは、以前に何度か行ったことがあるものの、最近は滅多に行かないホールばかりだ。自宅から30分以上の場所にあり、車を処分した僕には通いにくいホール。しかし、一応自分なりに「使えそうなホール」ばかりを選定している。だから、メールには目を通す。それなりに狙えそうなイベントがあれば、様子を伺いに行くつもりでいる。

 本当は、こういったメールは前夜に調べておくのが正しいのだろうが、夜はそれなりに忙しい。家事全般を僕が行っているから…僕がこういう生活…つまり、パチスロで金を稼ぐという生活を始めるときに呑まされた条件だ。もっとも、条件はこれだけではなかった。家事のほかに、収支を報告すること。生活費はあらかじめ月初に妻に渡すこと。家の用事を優先すること。妻の休日は打ちに行かないこと。そして、収支がマイナスになった場合は職に就くこと。こういった条件の中で始まった新たな生活も、もうすぐ半年になろうとしている。いや、もっと正しく言えば、こういった事で金を稼いでいることを告白した日からもうすぐ半年…となる。

 結婚してから1年が経った頃、体を壊し、僕は会社を辞めてしまった。しばらくして、知人に紹介してもらった、小さな求人広告の代理店で簡単なアルバイトを始めた。営業マンだったときに収集した情報を活かし、求人広告の営業に使う「アタックリスト」の作成を手伝った。突発的な求人が多く発生しそうな小売・アミューズメント・サービス業を中心に、大体の従業員数や規模、話がしやすい訪問時間を地図に簡単に書きこみ、営業が効率よく回れるマップを作成した。

 それを元に、大まかな巡回ルートが出来上がってから、求人の獲得件数が伸び始めた。訪問時間がはっきりとしたことで、新人でも効率よく回ることができた。社員の時間管理もできた。営業エリア内のアタックリストがすべて出来上がってからは、雑用を中心に、求人のキャッチコピーやレイアウトなどを手伝った。リストの更新は、営業の人を中心に行い、最終的な形作りを担当した。

 ところが、みんなが業務に慣れてくると、会社にいる人数でそれらの作業がこなせるようになって来た。最初の雛形作りが大変なだけで、それを一度完成させたら、あとは改良するだけでいい。僕の役割はしだいに少なくなっていき、時間があるなら営業に出てほしいというようなことを言われ始めたので、僕は事務所に顔を出さなくなっていた。当然、アルバイト代も減少した。サラリーマン時代から続けていたパチスロにかける比重が、時間の余裕と共に、大幅に増加した。そう、足りないお金を、パチスロで稼ぐ日々が始まったのだ。

(第2話に続く…)

★続きを読みたい…と思われた方、ぜひ応援クリックお願いします~!励みになります!★

にほんブログ村 スロットブログへBanner2

| | コメント (10) | トラックバック (5)