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潰し屋 第5話 『ブドウハズレ』

 山田の表情は険しく威圧的で、僕を睨みつけているような鋭い目つきだった。遠足の前、バスに乗り込む直前に念のためにトイレに行っておく…そんな程度のかすかな尿意は、一瞬にして飛んでしまった。僕は、小便器の前でどのくらい自分が固まったままでいたのかも分からない状態で、股間にやった手で肩に置かれた山田の手をようやく振り払った。

 この男は一体、何が目的で僕に近づいてきているのだろう。昨日初めて会ったばかりだが、ひょっとしたら、かなり前から監視に近い状態で見られていたのではないだろうか。それにしても、昨日の今日でこの態度は許せない。昨日がやたら下手に出ていたものだから、今日の豹変ぶりには驚いてしまったが、こんな失礼な人間も久しぶりだ。
「一体何なんですか?人がおとなしく聞いてると思って、失礼にも程がある」
僕の声はかすかに震えていたかも知れない。自分で自分の声を聞いて、情けない気持ちにもなったが、それほど威圧感があった。しかし、黙っていることも出来なかった。よく吠える犬ほど弱い、などと言うが、それに近いものがあった。黙っていては押しつぶされそうな気持ちになる。
「あなたに、忠告しているんです。分かりませんか?昨日の話で気付いていただけたものだと思っていました。もう少し、あなたは懸命な方だと思っていた。残念でなりません。」
山田はそう言って、ようやく僕から視線をずらした。ため息をひとつ、大きくついて、続けた。
「これは、確かな情報です。あなたにはあえてお話しますが、今日は、この店には何もありません。あなたと、あなた以外の誰かが仮に勝てたとしても、それは単純に運が良かっただけの事です。…青ドンのシマにいた彼、彼だけは自力でリスクを最小限に抑えることができましたが、それもリスクを回避しただけです。青ドンのシマには上2つがそもそも存在しません。他のシマにも。簡単に言えば、今日は完全なガセです。ちなみに、夕方発表されるシークレット機種の対象は、今日はラブリージャグラーです。ここには、若干ですが設定が入ってます。」
僕がしかめっ面になったのを確認して、更に山田は続ける。
「あなたは勝てない。それは昨日お話した通りです。この世の中には、人が逆らえない流れのようなものが確実に存在して、あなたは今、この流れに完全に押し流されている。時に信じられないように物事が上手く運ぶときがあるでしょう…あれも、そうです。現に、あなたは今日、そういった逆らえない流れのようなものを既に感じていらっしゃるのではないですか…例えば、狙い台を逃したとか、ジンクス的なものとか」
僕はハッした。と同時に寒気のようなものも感じた。朝、腕時計を忘れて…狙い台を逃した。それをまるで知っているかのような発言。この男、どこまで僕を監視しているのか…
「…どうやら、当たっていたようですね。しかし、仮にそういったものが無くても、今のあなたには無理なんです。私には分かる。今のあなたには、そういった勝ちを呼び込む、もしくは勝ち運に乗れる流れにないのですから。」
宗教的な詐欺にあう人は、こういった弱み、弱さを指摘される所から始まるのだろうか。僕は山田と名乗る男に対して、一種恐怖のようなもの、怒りのようなものを感じつつ、いちいち言い当てられることに、感心し始めていた。この男、相当怪しい。しかし、言っていることに今のところ間違いは無い。
「まだ、あなたは私を信じられないでいる。もっとも、それで普通です。昨日一日、私が一方的に失礼な言葉をかけて、更に信じがたい話を持ち出したのですから。ただ、私があなたを見所があると言っているのは、普通の人なら私に殴りかかるか、無視するか、汚い言葉を浴びせてその場を立ち去るか…そういった行動に出るのですが、それがないところだ。それでいて、警戒心を消さないように努めている。話を詳しく聞いてみたいと思っているのに、詐欺のようなものを警戒して、私に心を許さないように自分に言い聞かせている。違いますか?」
信じるも何も、あの場の状況で仕方なく話を聞いただけだ。こんな話、ばかげている。からかい半分だとしても、この話を誰かにしたとして、信じる人間などいない。それどころか、詐欺にあうぞと注意されるのがオチだ。
「…ただ、その警戒心を解く努力が私には足りなかったかも知れません。そこはお詫びします。どうも、最近私はそういった努力に欠けている。いけませんね。分かっているのですが、面倒になってきているのかも知れません。その目で確かめればすぐに分かる話なのに、言葉を沢山並べることなど何の意味もありませんから。それより…」
山田はもう一度ため息をついて、そして背中をかがめて僕を覗き込むように見て、言った。
「それより、どうしたら信じてもらえるのか考えたんですが……どうでしょう、さっきお話したラブリージャグラーを打ちませんか?」
僕は色々聞きたいことが山のように頭の中で浮かんだが、そういった事をひとつずつ聞くのが面倒になった。とにかく、このトイレという閉鎖的な空間を離れて、深呼吸をしたい。空間がそうさせているのか、彼の威圧感がそうさせているのか…とにかく、圧迫感で押しつぶされそうだ。開放されたい。そういう弱さに似た気持ちが勝ってしまった。
「…それを打てば、何か分かるんですか?」
僕はそう小声で、つぶやいた。とにかく今は山田のいう事に従って、この場を脱出したほうか得策のような気がした。何か物理的、暴力的な方法で面倒を起こすことだけは避けたかった。ただでさえ通えるホールが少ない状態で、地元のホールに通いにくくなるのだけは避けたかった。
「とにかく、ラブリージャグラーのシマへ行きましょう。」
そう山田が言った瞬間、トイレのドアが開いて、店内の大きな音がトイレ内に響き渡った。
ジャージ集団のひとりが、トイレに入ってきて、僕等をチラッと横目で見ながら個室のほうへ入っていった。
「遊戯台のお呼び出しを申し上げます。スロットコーナー、青ドン535番の台で…」
店内のアナウンスが耳に入ってきたが、自動ドアが閉まって、それは途中で聞こえなくなったが、僕の取り置いている台のことに違いなかった。
「さぁ、行きましょうか」
そう言って、山田は僕を見た。その表情は、先ほどの鋭い視線とは違って、昨日見た柔和な表情に戻っていた。

 青ドンの席に戻ると、店員がリモコンでデータカウンターを操作していた。表示は「5分」と
なっていて、戻ってこなかった場合の開放までの時間を示していた。僕は店員に小さく礼をして、下皿においてあった煙草を取った。山田は、その様子を青ドンの一番端のほうから見ていた。
「この台です。この台なら、ある程度勝負になるでしょう。ただし、ジャグラーですから多少の下ぶれ…ハマリ…そういったものは覚悟してください。それに、何より設定看破に時間がかかる上、ある程度の上下までしか判断はつきませんから。そこはお許しください」
山田がラブリージャグラーの台の前で、僕に対してそう言いながら、隠すようにして手元に何かをぶつけてきた。僕が触れた手を見ると、そこには一万円札が折りたたまれて握られていた。
「とりあえず、最初のボーナスまではこれで打って下さい。これで十分足りるでしょう。…ただし、あなたは今、勝てない流れの中、それもど真ん中にいる。ひょっとしたら、300ゲーム程度ではボーナスが引けないかも知れない。そのときは、一旦これでやめて下さい。そして、次のお話をします。」
僕は、視線の先にある一万円札に手を伸ばしかけたが、それを止めた。得体の知れない人間から金を受け取ることほど、怖いものはない。
「いいですよ、自分の金で打ちますから。それより、僕が打っている間、あなたはどうしてるんですか?」
「あそこの、休憩スペースにいます。隣で一緒に打ちたいのですが…残念ながら、設定4程度ではどうにも確実性に欠けますから。それに、あそこなら様子も伺えます。」
そういって、観葉植物とソファーと攻略誌、灰皿が並んだ休憩スペースを指差した。
「とにかく、あなたが試し打ちをした分は後ほど精算いたします。それくらいの金は、我々のビジネスにとっては大したものではないのです。それよりも、とにかくあなたにこの台を打ってもらいたい。そうしないと、次の話に進めませんから。」

僕は、まず煙草に火をつけてコインサンドに千円札を入れた。カタカタカタ…とコインが落ちてくる。この店は2台間隔でコインサンドが並んでいる。最近の店では古くなってきたタイプ。受け皿に落ちたコインを手で掴みとり、自分の台の下皿に投げ入れる。コインを投入して、煙草の煙を大きく吐き出した。面倒なことになった。面倒なことになったが、もし、彼の言うとおり、この台がイベント台ならば……甘い妄想をした自分に気付いて少し嫌気がさし、そういった考えを振り払うかのように強めにレバーを叩くようにして打ち始めた。

 言わずと知れた、パチスロの王道ジャグラーシリーズ。リール左下にあるGOGO!ランプが点灯すればボーナス確定というシンプルさで初心者にも門戸を広げ、告知タイミングの豊富さや当たりやすさ、更にはどんな時間でも勝負でき、かつ出玉でもある程度の期待ができる。これにより、年齢を問わず絶大な支持を得ている。更に5号機ジャグラーの中でも、ラブリージャグラーはその秀逸なリール制御が認知されてからは、設置台数を伸ばしてきた。僕は中押しで、アバウトにバー狙い…と決めている。中、右と止めれば成立役がすぐ分かる。中を止めてバーが下段に止まる。ポンポン、と流れるようなリズムで右も止める。下段にブドウが止まれば、これでブドウのテンパイ形ができる。この形からブドウ外れでGOGO!ランプが点灯するのがラブリージャグラーでの僕の楽しみだ。中リール中段に、バーが存在感をありありと出しながら停止する、「チェリーorボーナス」の形も興奮するが、やはりジャグラーは第三ボタンを止めた瞬間の突然の驚きに、楽しみが集約されている。特にラブリージャグラーにおいては、先告知は全くいらないとさえ思う。先告知があると、せっかくのボーナス成立時に拝める数々のリーチ目が奪われる。告知系機種においては先告知を何よりも好んでいた僕が、最近ではこのラブリーで後告知にハマってしまった。中、右…右で少し溜めて左。このリズムを崩さぬように淡々と打ち続ける。アバウトにバーを狙うのは、単に正確さよりも時間効率を考えてのこと。仮にフリーで中、右と止めても同様に楽しめるが、リズムを作るためには、ある程度の目標があったほうがいい。単調になったとき、ハマった時にリズムを変えるためにも、そうしている。

 

Photo  

 そうこうしている間に、200ゲームがあっと言う間に過ぎた。早いゲームでのボーナスを期待していただけにガッカリしたが、逆に山田の言うことの信憑性が薄れるキッカケになりそうな予感もして、それは逆に嬉しいことのような気もした。

 中、右…少し溜めて左。中、右…少し溜めて左。中、右…少し溜めて左…!!出た、ブドウハズレ。ゆっくりと、ボタンを留めていた人差し指を離す。刹那、ペカっと神々しい光が目に入る。ようやく訪れた、最初のボーナス。ゲーム数は240を超えていた。チラッと休憩コーナーを横目に見ると、山田が微笑みながら、拍手をするしぐさをしてこちらを見ていた。

(第6話に続く…)

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